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東京地方裁判所 昭和45年(そ)13号 決定 1970年9月30日

請求人 三木仙也

決  定

(請求人氏名略)

右の者から刑事補償の請求があつたので、当裁判所は検察官および請求人の意見を聞いたうえ、次のとおり決定する。

主文

請求人に対し金一四九、〇〇〇円を交付する。

請求人のその余の請求を棄却する。

理由

一  本件補償請求の要旨は、請求人は有価証券虚偽記入被告事件について、昭和四四年一二月二六日東京地方裁判所において無罪の判決の宣告を受けたものであるが、請求人は右事件に関し、昭和四二年一月一八日から同年六月一五日まで勾留されたので、右期間の刑事補償として金一九万三、七〇〇円を請求するというにある。これに対し、検察官は、本件は裁判所が補償の一部または全部をしないことができる場合である刑事補償法三条二号の「一個の裁判によつて併合罪の一部について無罪の裁判を受けても、他の部分について有罪の裁判を受けた場合」に該当すると主張する。

二  そこで右関係記録について検討すると、請求人については、本件有価証券虚偽記入被告事件に先立ち、既に昭和三二年から同三七年にかけ四回にわたつて右事件とは別個の詐欺罪および横領罪(以下「本件余罪」という)の起訴がなされこれらはいずれも併合されて東京地方裁判所において審理を受けていたこと、その間被告人は昭和三二年五月一五日および同三七年一二月二一日起訴にかかる各詐欺の事実についてそれぞれ勾留状の発付を受けたが、前者については昭和三二年六月一四日、後者については同三八年一月四日にそれぞれ保釈許可決定によつて釈放され、それ以降は身柄を拘束されることなく本件余罪についての審理を受けてきたこと、ところが被告人は、昭和四二年一月一八日に至り、本件余罪の審理の間に生じた本件有価証券虚偽記入の罪の嫌疑で逮捕され、同年一月二〇日に勾留状の発付を受け、同年二月八日右事件につき横浜地方裁判所横須賀支部に起訴され審理が開始されたがその後当裁判所において、右事件と本件余罪とを併合して審理することとなつたこと、被告人は同年六月六日に当裁判所によつて本件有価証券虚偽記入の罪につき保釈を許可され、同年六月一五日に釈放されたこと、昭和四四年一二月二六日当裁判所において、一個の裁判により、本件有価証券虚偽記入の点について無罪の判決、本件余罪の点については懲役三年六月に処する旨の有罪判決が言渡されたが、無罪部分は控訴期間の満了により確定し、有罪部分については請求人においてこれを不服として東京高等裁判所に控訴し、現在右有罪部分は同裁判所に係属中であることがそれぞれ認められる。

三  ところで、刑事補償法三条二号にいう併合罪を、検察官の起訴事実を基準とし、右起訴事実について仮に有罪であるとするならば刑法第四五条前段の併合罪の関係になる場合を指すと解するならば、本件は、形式的にはまさに刑事補償法三条二号の「一個の裁判により併合罪の一部について無罪の裁判を受けたが、他の部分について有罪の裁判を受けた場合」に該当するといわなければならない。しかし、右刑事補償法三条二号の場合に刑事補償の一部または全部をしないことができるとしているのは、抑留または拘禁が有罪部分と無罪部分の双方の捜査および公判審理のために利用されたときは、その利用関係に応じて補償すれば足り、無罪の部分があるからといつてただちに当該抑留または拘禁の全部についてまで補償をする必要はないとの趣旨であり、逆に言えば形式的には同号に該当する場合であつても、抑留または拘禁が有罪の部分の捜査および公判審理と関係がない場合には同号は適用がない趣旨と解しなければならない。したがつて、本件においても、検察官のいうように同号に該当する場合であるというためには、本件有価証券虚偽記入の罪についての前記逮捕および勾留が本件余罪の捜査および公判審理にも利用されたという関係が認められる場合でなければならない。しかし、関係記録によれば、本件有価証券虚偽記入の罪についての前記起訴前の逮捕および勾留は専ら右の罪の捜査のために利用されたものであり、前記起訴後の勾留も専ら右の罪の公判審理のためのものであつたことが認められる(本件余罪については、当裁判所がこれと本件有価証券虚偽記入の罪とを併合する前に公判の審理がほとんどが終了していたため、右起訴後の勾留期間においては本件余罪についての審理は何ら行なわれておらず、被告人が保釈された後の審理の最終段階において、若干被告人質問等が行なわれているにすぎない。)。したがつて、本件は刑事補償法三条二号の適用がある場合には当らないものというべきである。

四  それで、本件請求は、本件有価証券虚偽記入の罪についてのみ起訴され、それについて無罪の裁判を受けた場合と同様に同法一条一項に基づく請求としてこれを認容し、その補償額の算定につき同法四条一項および二項に従い、諸般の事情を考慮して一日金一、〇〇〇円の割合による補償をするのを相当と認め、同法一六条前段により主文第一項のとおり決定し、その余の請求については同法一六条後段により主文第二項のとおり決定する。

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